日曜待つよの掌編小説

受験のお供に

受験のお供に

 

 肌寒い風が吹く一月の夜。
 駅前の商店街でドラッグ・ストアを営むスズキ氏は小さな欠伸をひとつ漏らし、腕時計に目を落とした。
 時計の針は、もうすぐ午後九時を知らせようとしている。
「そろそろ閉店だな」
 店の中に客の姿は見当たらない。
 よっこらせと腰を上げたスズキ氏が店先の生活雑貨を片付け始めると、
「まだ開いていますか」
 と、青白い顔をした女が飛び込んで来た。
「もう閉めますがね。お買い物ですか?」
「お薬を……。あの、頭に効くお薬はありませんか?」
「頭痛薬ですね」
「違います、違います」
 女は激しく首を左右に振った。
「頭に効く……。頭がよくなる、賢くなるお薬はありませんか?」
「はあ」
 スズキ氏は小首を傾けた。

 女が言う頭に効く薬というのは、頭痛薬ではなく知能指数や学力向上に効果がある薬のことらしい。
「賢くなる薬ですか」
「そうよ。そういう薬だって取り扱っているんでしょう」
 女は青ざめた顔をさらに青白くさせ、鬼気迫る気配でスズキ氏に詰め寄った。
 ――弱ったな――
 頭の賢くなる薬などあるはずがない。
 スズキ氏は顔を曇らせ、頭をかいた。
「申し訳ありません。そのような薬は取り扱っておりません」
「嘘、嘘よ」
 そう言って、女はがっくりと肩を落とした。
「来月には坊やの受験があるのよ。一生懸命勉強しても一向に成績が上がらないの。ああ、かわいそうな坊や。このままじゃ、受験に失敗してしまうわ」
 女はハンケチを握りしめて髪を振り乱した。
「困りましたな。そんなことを言われても無いものは無いのですから」
「お店の倉庫の隅々までよく探してください。ドラッグ・ストアなんですからどんなお薬だってあるはずよ」
 女に睨みつけられたスズキ氏は、
「少しお待ちください」

 と、逃げ帰るようにして店の奥へと消えていった。
 閉店間際に、よりにもよって面倒な客が来たもんだとスズキ氏は頭を悩ませ溜息をついた。どうしたものかと薬棚を眺めていると、ある調剤薬品が目に入った。

 

 ひとり残された女の方は、あれでもない、これでもないと店内の薬を物色している。
 しばらくして、
「お待たせいたしました」
 と、丸い薬品ケースを持ったスズキ氏が戻って来た。
「やっぱりあったのね」
 女は薬品ケースに目を留めると、先程までとは打って変わって満面の笑顔を浮かべた。
「お客様にぴったりの薬を調剤して来ました」
「まあ」
「こちらになります」
 スズキ氏は薬品ケースを差し出した。
「これで坊やの悩みはなくなるのね」
「左様でございます」
「どんなお薬なのかしら?」
「大変強力な抗ヒスタミン薬になります」
「ええ」
 スズキ氏はにっこりと微笑み、

「もし受験が失敗していたらケースの薬を一度に全部お飲みください。きっと嫌なことなどきれいさっぱり忘れて安らかにお休みできると思いますので」

 

                   


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