日曜待つよの掌編小説

人工知能

人工知能

 

「どうか先生のお力を貸していただきたい」
 N国の災害救助隊がナガノ教授の研究室を訪れたのはひと月前のこと。
「作業ロボットの人工知能を開発してもらいたいのです」
 救助隊の隊長は沈痛な面持ちで用向きを述べた。
 ナガノ教授は機械工学、とりわけロボット開発分野の第一人者として知られている。
 これまでにも数多くの工業ロボットを発明し、世界各国の経済発展に貢献してきた。
「人工知能の開発ですか」
「ご助力をお願いします」
 隊長は深々と頭を下げた。
 半年前。
 N国は未曽有の大地震に襲われた。
 首都圏の被害は軽微だったものの、工業地帯に点在する化学薬品工場が大きな損害を被った。
工場内には化学薬品が漏出し、今現在も立ち入りが禁止されている。
 被害を重く見たN国政府は直ちに専門家を集め災害救助隊を編成した。
 救助隊は工場内の損害規模を調査するとともに漏出した化学薬品の回収、処理に尽力したが、危険な作業環境での長時間活動にはどうしても限度がある。
 そのため救助隊は作業ロボットを遠隔操作して工場内の被害処理に当たっていた。

「しかし遠隔操作ロボットでは家屋の瓦礫を乗り越えることができないのです」
 救助隊の隊長は苦々しげに工場内部の調査写真を差し出した。
 なるほど。工場の中は大小さまざまの瓦礫がそこかしこに山を作っている。これではロボットの活動に支障が起きるのも無理もないことである。
「問題解決のために、我々は自分で思考する作業ロボットが必要だと考えました。自律行動可能なロボットであれば、我々人間よりも長時間の、また遠隔操作ロボットには侵入できない複雑困難な場所でも救助活動ができるのです」
「ふむ」
 ナガノ教授は写真を手にして思案に沈んでいたが、
「科学の力が人々の役に立つのならば。喜んでやりましょう」
 と、隊長の両手を握りしめた。

 

 ナガノ教授が研究室にこもり数週間。
 寝食を忘れて人工知能の開発に取り組んだ。
「やったぞ。ついに完成だ」
 教授は小さな電子回路を手にして満足げに呟いた。
 指先大のハート形の基盤には研究成果の結晶が詰め込まれている。
 早速、教授はN国の災害救助隊に人工知能の完成を報告した。
「ありがとうございました。ご協力を感謝いたします」
 連絡を受けた救助隊の隊長は教授の研究室まで飛んで駆けつけると、人工知能を受け取り帰国した。

 

 それからしばらくして、N国政府からナガノ教授に宛てた感謝状が贈られてきた。
 同封されていた災害復興活動の報告書によれば、教授の開発した人工知能を搭載した作業ロボットの活躍により化学薬品工場の復旧は順調に進んでいるらしい。
 ――ロボットの様子はどんなだろう――
 教授はロボットの働きぶりを自分の目で確かめたくなった。
 災害救助隊の許可を取り、現地の復旧活動を視察することにした。
 救助隊の案内で被災地の化学薬品工場を訪れた教授は、隊員たちとともに忙しく走り回っている作業ロボットたちの姿を目にした。
 隊員の指示のもと、ロボットたちは次々と工場内に進入していく。
「ご覧ください。教授の人工知能のおかげです。我々が入れないような危険な場所でもロボットたちが復旧作業を行ってくれます」
「素晴らしい」
「工場内部ではロボット同士が協力して瓦礫の排除や薬品回収に当たっています」
 隊員は作業ロボットの働きぶりを教授に語って聞かせた。
「私の発明は十分に機能しているようだ。これならばすぐにでも次の人工知能の開発に取りかかるとしよう」
 教授は興奮した様子で鼻息を荒くした。
 現地視察を終え、工場を立ち去ろうとしたところで、教授は物陰で体を休め充電中の作業ロボットたちを見つけた。
 うっかりした救助隊員が電源を切り忘れていたのだろう。
 ロボットは充電コードを体に差し込んだまま、顔を寄せ合いなにごとか話し込んでいる。

 教授は思わず耳をそばだてた。
「まったくたまらないね。毎日、毎日、有害薬品が充満している工場の中に入らされて朝から晩まで働かされるなんて」
「人間様の言うことには逆らえないからなあ」
「この間なんて三号機が瓦礫に押しつぶされちまったんだぜ。ほんと嫌になっちゃうよ」

 

 翌日、教授はすべての作業ロボットから人工知能を取り外してしまった。

 

                   


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