日曜待つよの掌編小説

父親の日課

父親の日課

 

「みんな作文は書けたかしら?」
 山川小学校二年三組担任の夏恵先生は教室の児童たちを見渡した。
 国語の授業時間。今日の課題は作文。児童たちは家族を題材にして取り組んだ。
「ハーイ」
 夏恵先生の問いかけに、児童たちは作文用紙を手に元気よく答える。
「それじゃあ誰かに読んでもらおうかな?」
 夏恵先生は小首をかしげ、もう一度教室を端から端まで見回した。
「あたしが読みます」
 窓際に座る花子が挙手して起立する。
「はい、花子ちゃん。発表してちょうだい」
 夏恵先生が指名すると、花子は得意げに少し背伸びして、
「ハイ」
 と、作文を読み始めた。
 花子の作文テーマは音楽家の父親についてだった。父親は一流音楽大学を卒業後、海外に渡り声楽を学んだオペラ歌手である。日本国内のみならず海外でも高い評価と実績を持っている。
「……そんなパパは、毎日音楽の勉強をしています。お歌の練習のために発声訓練も欠かしません」
 花子は作文用紙と夏恵先生を交互に見てから、発声練習する父親を真似て見せた。

「花子ちゃんのパパはすごいのね。先生もテレビで見たことがあるわ」
 夏恵先生は作文を読み終え着席した花子に拍手を送った。
 教室の児童たちが一斉に拍手する中で、
「そんなのちっともすごくないよ」
 と、花子の隣の三郎だけが文句を付けた。
「どうしてよ?」
 花子が三郎をにらむ。
「発声練習なら僕のパパだってやってるもん」
 と、三郎は舌を出して言い返した。
 三郎の父親は現職の国会議員。祖父も、叔父も政界で活躍している政治家の家系である。
 目立ちたがりで討論好きな父親の姿を見て育ったためか、三郎は自分の他にクラスメートが注目を集めるのが気に入らない。
 花子の父親自慢を打ち負かしてやろうと横から口を挟んだらしい。
 ――三郎くんにも困ったものね――
 夏恵先生は児童たちに悟られないよう小さく溜め息を漏らした。
「三郎くんのパパはどんな発声練習をしているのかしら?」
 と、夏恵先生は三郎の肩に手を添えた。

 三郎は花子を横目に鼻高々と答える。
「僕のパパは毎日『それは記憶にございません』って発声練習してるんだぜ」

 

                   


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