日曜待つよの掌編小説

非常口

非常口

 

 警察の方ですか? え、違う? それじゃあ消防の方? あっ、記者の方。そうですか、朝夕新聞のね。
 例の火災事故のことを取材しに来たんでしょ。ええ、もちろん、構いませんよ。警察にも、消防にも話したんですから。
 そうですよ。僕らの不手際なんかなかったんですからね。
 そりゃ、あんな火災は初めてだったからびっくりしたけど……。はい、そうです。事故のあったEデパートの警備担当になったのは三年前からです。
 それまでにもいくつかのデパートで警備員をしていましたけど、とにかく火事に巻き込まれたのはEデパートの事故だけですよ。
 警察じゃ、事件と事故の両方面から捜査してるみたいですね。えっ、僕ですか? さあ、どうでしょう。僕にはちょっとわかりません。
 でも、放火にしろ、火災事故にしろ、まあ、ものすごい騒ぎでしたからね。僕がお客様を避難誘導したのは五階の服飾売り場だったんですけど、すぐ下まで火の手が迫っていたんだと思うと今でも震えが来ますよ。
 ええ、あなたの言うとおり。火災報知機が鳴ってしばらくしてからですよ。それはもう大変だったんですから。
 正直に言いますけどね、僕、初めは避難訓練だろうと思っていたんです。お客様も驚いていた様子でしたけど、パニックを起こしているような方は誰もいなかったんですよ。
 嘘じゃない、本当なんです。まるで他人事のように、警報が鳴っているのに買い物を続けている人だってありましたから。
 大騒ぎになったのは、そのすぐ後ですよ。誰かが「煙だ、火事だ」って叫んだと思ったら、もう大混乱。パニックです。
 蜂の巣をつついたようなっていうのは、きっとああいう騒ぎを言うんでしょうね。
 ええ、もちろんですとも。お客様の安全を保障するのが僕らの仕事ですから。僕は、すぐに警備主任と連絡を取って、拡声器を片手に非常口の位置を確認しましたよ。
 万が一、お客様の身に怪我でもあったら信用問題ですからね。慌てふためくお客様に向かって「落ち着いてください。これから避難誘導します」って、何度も繰り返して説明したんです。
 不思議なもんですね。他人が慌てている姿を見ていると、僕の方は頭がすっかり整理されて来るんです。自分で言うのもなんですけど、あの時の働きぶりは、そう、まるで映画のヒーローみたいでしたよ。
 とにかく、僕は拡声器で声を張り上げながら非常口までお客様の先導をやったんです。

 そうしたら、驚いたなあ。いや、驚くよりも呆れちゃったのかな。非常口のドアを開けようとして気付いたんです。
 やっぱり火事に巻き込まれるのが怖かったんでしょうね。非常口のピクトグラムのやつ、ひと足先に逃げ出していたんですよ。非常口のくせして真っ先にいなくなるなんて、ひどい話だと思いませんか。
 え? 火災の後、ピクトグラムがどうなったかですって? ええ、そうです。警察の現場検証の時には、もう戻って来ていましたよ。
 でも、あんまり慌てて逃げ出したからなのかな。出口の先で転びでもしたんでしょう。
 ピクトグラムのやつ、右手に包帯を巻いて松葉杖をついていたんですよ。

 

                   


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