日曜待つよの掌編小説

天体望遠鏡

天体望遠鏡

 

「よし、ようやく完成したぞ」
 東京郊外の小さな研究所。
S博士は新開発した天体望遠鏡を見つめながら恍惚と吐息を漏らした。
 博士が天体望遠鏡の開発に着手したのは三か月前。溺愛する一人息子にせがまれて新しい天体望遠鏡を作ることとなった。
 博士の息子は宇宙に、とりわけ天体観測に夢中である。
「宇宙ってどんなところ?」
「どうして夜空の星はあんなにきれいに輝いているの?」
「あの星空の中には宇宙人がいるの?」
 と、息子は物心ついたころから宇宙科学に大変な興味を抱いていた。
 毎晩のように博士と二人で夜空を見上げては博士を質問攻めにする。
 息子の相手をするのはなかなかどうして骨が折れるものだったが、しかし博士には、
 ――蛙の子は蛙かな――
 と、可愛い我が子の成長が嬉しくもあった。
「さあ、今日はいいものを買ってきたぞ」
 ある時、博士は息子のために天体望遠鏡を買ってやった。
「わあ、ありがとう」

「これがあれば夜空の星がもっとよく見えることだろう」
 息子はよほど感激したのだろう。博士の前でアッという間に天体望遠鏡を組み立てると、まだ太陽も沈まぬうちから、あっちかな、こっちかな、と天体望遠鏡の位置取りを気にかけて研究所内を走り回っていた。
 その日の夜からというもの、息子はすっかり天体望遠鏡の虜になってしまった。
 夕食が終われば、
「パパ、一緒に星を見ようよ」
 と、どんな夜空の星々よりも瞳を輝かせて博士の腕を離さない。
「よし、よし。さあ、行こう。今夜は北の空を観察してみるか」
 と、博士までも天体観測に熱を上げ始めるくらいである。
 二人は飽きることなく、何時間でも星空を眺め続けた。
 それからしばらくしたある夜のこと。
 いつものように天体望遠鏡を覗き込んでいた息子は、
「ねえ、パパ……」
 と、ふと傍らの博士を見やった。
「うん?」
「僕ね、ずっとずっと遠くの星も見てみたいんだ。もしもパパだったらもっとよく星が見える天体望遠鏡が作れる?」
「パパは天文学の専門じゃないけれど、坊やのためならどんなことだってやってやるぞ」

「本当に?」
「もちろんさ。パパに任せてごらん」
 と、博士は大仰に胸を叩き偉ぶって見せた。
 可愛い息子の期待に応えるべく、博士は寸暇を惜しんで天文学を勉強し、天体望遠鏡の科学技術研究に没頭した。
 そしてついに苦心の末、博士は持てる知識を全て注ぎ込んだ新たな天体望遠鏡の開発に成功したのである。
 息子は天体望遠鏡の完成を知ると、
「すごい、すごい。パパはやっぱり何でもできるんだね」
 と、小躍りして喜び、何度も博士に抱き付いた。
「約束しただろう。パパにできないことなんてないさ。さあ、新しい天体望遠鏡を実験してみよう」
 博士は息子を連れて研究所の外、満天の星空の下に天体望遠鏡を設置した。
 新しい天体望遠鏡の性能は博士の折り紙付き。息子の念願を叶えるため既存のあらゆる望遠鏡を凌駕した出来栄えになっている。
 今まで確認することができなかった遠くの星々は無論のこと、もしも観測した星々に知的生命体があるならば、その姿を認めることだって無理ではない。
 ――この実験は可愛い坊やの夢を叶えるだけでなく、世界的発見につながるかもしれないんだ――
 そう思うと、博士の背筋を歓喜と好奇心、それから不安や恐怖が一緒くたになった何とも奇妙な感情が走り抜けた。
 博士は、ブルリと大きく体を震わせ、さても緊張しいしい、生唾を飲み込みながら天体望遠鏡に顔を寄せてみる。
「あっ」

 天体望遠鏡の視野に入った白い輝きを拡大して、博士は驚きのあまり声を漏らした。
 新たに開発した天体望遠鏡の性能は想像していたとおりに申し分ない。
 博士は今にも降り注がんばかりの無数の瞬きを見回しながら、
「そうだったのか……」
 と、脱力して呟いた。
 これまで博士が星々の光だとばかり思っていた夜空の輝きは、どれも天体望遠鏡のレンズの反射光だったのだ。
 博士の視線の先で、こちらを覗き込んでいる地球外知的生物の天体望遠レンズが、また一つキラリと光る。

 

                   


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