日曜待つよの掌編小説

メロドラマ

メロドラマ

 

 金曜日の昼下がり。
 リビングルームを掃除していた恵子は、
 ――今、何時かしら――
 と、ふとテーブルの置時計に目をやった。
 時刻は間もなく午後二時になんなんとしている。
 ――もうこんな時間なの――
 恵子は掃除機をかけていた手を休めると、テレビのスイッチを押した。
 毎週欠かさず見ている連続テレビドラマが始まってしまう。
「グッドタイミング」
 ちょうどコマーシャルが終わり、テレビ画面にはドラマの主役女優が登場している。
 恵子はしたり顔でテーブルのイスに腰掛けた。
 ひと月前から夢中になっているテレビドラマは、女の不倫をテーマに扱ったメロドラマ。
結婚して夫のある恵子としては、不倫のメロドラマに入れ込んでいるなんて、
 ――あんまり不謹慎かしら――
 と、思わないでもないが、こんな恋愛の形もあるものなのかと、ついつい興味本位からドラマの続きが気になってしまう。
 今週回はどのような話になるのかしらんと、恵子が期待を膨らませている時だった。

 ピンポン。
 と、軽い玄関チャイムの音が来客を知らせた。
 ――もう、誰よ――
 恵子は後ろ髪を引かれる思いで、テレビを振り返り、振り返りしながらリビングルームを後にする。
「どちらさま?」
 玄関を開けた恵子は、
「あら」
 と、思わぬ旧友の訪問に声を漏らした。
「突然押し掛けたりしてごめんなさいね」
 玄関口では、学生時代からの親友である静子が日よけ帽を手に体をもじもじさせている。
「静子さん、久しぶりじゃない」
「すっかりご無沙汰しちゃって……」
「今日はどうなされたの?」
「ええ、その、少し……」
 静子は伏し目がちに言葉を詰まらせた。
 何かしら切り出し辛い用向きらしい。

「どうぞ、お上がりになって」
 と、恵子は来客用のスリッパを整えながら、静子の訪問を歓迎した。
「どうもありがとう。実は、その、恵子さんにご相談があって来ましたの」
「あら、相談事? どんなことかしら?」
 恵子が小首を傾けると、静子は申し訳なさそうな小声で、
「少しばかりお時間いただけないかしら……。外に車がありますの」
 と、外出を誘いかけた。
「お外で? まあ、それじゃ、これから支度をするから、お待ちいただける?」
「ええ、ご無理を言ってごめんなさい。表で待っていますから」
 そう言って静子は深々と頭を下げると、そっと玄関を閉じた。
 ――これじゃドラマはお預けね――
 恵子は苦笑いして首を振る。
 旧友が自分を頼って相談事を持ち掛けて来たのだから、テレビドラマに現を抜かしている時ではないだろう。
 恵子は慌ただしく着替えを済ませると、自宅の前に停車していた静子の白いセダンに乗り込んだ。

 

「それで相談事っていうのは何かしら?」
 静子が運転するに任せておよそ十分。
 助手席に座っていた恵子は、だんまりを続けていた静子に痺れを切らし、ぽつりと呟くように問いかけてみた。
「ええ、そのね……」
 口籠りながら眉を曇らせた静子は、それでもややあって、
「実は夫のことについてなの」
 と、細々した声で話し始めた。
 静子が夫婦の問題を語り始めた時、恵子は、
 ――ああ、やっぱり――
 と、内心で頷くものがあった。
 ちょうど一年くらい前のこと。
「恵子さん、私、どうしたらいいの……」
 今日と同じように静子が相談にやって来たことがあった。
「そんなに血相を変えてどうしたの?」
 恵子が問いただしてみれば、静子は夫と大喧嘩してしまったことを涙交じりに告白した。
「あの人、家を出て行くなんて言うもんだから、私……」

「落ち着いて、大丈夫よ。あたしが力になってあげるから」
 と、結局、恵子が二人の間に入って夫婦喧嘩を仲裁したのである。
 それ以来、静子は、時折に夫婦仲の問題事を相談に来るようになっていた。
 だから、恵子には今回の相談事というのも恐らく夫婦間の面倒に違いあるまいと見当がついていた。
「また大喧嘩をやったの?」
 恵子は静子の傷口を広げないようにと、優しい口調に努めた。
「喧嘩はしていないけど……」
 と、静子は小さく溜息をつき、気分を紛らわせようとでも思ったのか、備え付けのカー・テレビに指を伸ばした。
 カー・テレビを横目に入れた恵子は、
「あっ」
 と思い、息を呑んだ。
 小さな画面には、恵子がリビングルームで見ていたメロドラマが流れている。
 ――何もこんな時に――
 隣の運転席では静子が夫婦の問題に頭を悩ませているというのに、まさか不倫のメロドラマが映ってしまうなんて……。
 折しもあれ、具合の悪いことに、ドラマはラブシーンを迎えているらしい。
 ダブルベッドの上では半裸の女優と男優が熱い抱擁を交わしていた。

「日もあるうちから抱き合ったりして……。いやらしいのね」
 テレビを一瞥した静子は、憎々しげに苦情を呟いた。
 恵子は、まさか、
「このドラマが一週間の楽しみなのよ」
 などとは言えない。
「そうね」
 と、ひと言、頷いた。
「ねえ、恵子さん、相談っていうのはね……」
 静子が声色を低くした時、
 ――あら――
 と、恵子はラブシーンを演じる男優に違和感を覚えた。
 何かしらんとテレビ画面を見つめる恵子の様子を察したのか、静子はハンドルを握りながら淡々と言葉を継いだ。
「よく撮れているでしょう。寝室の隠しカメラなの。最近、私が外出する度に夫が他所の女を寝室に連れ込むのよ。恵子さん、私、どうしたらいいのかしら……」

 

                   


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