日曜待つよの掌編小説

精霊馬

精霊馬

 

 七月の半ば。
 近所のスーパーマーケットで夕食の買い出しを終えた帰り道、N子は、
 ――あら――
 と、物珍しさに足を止めた。
 通りに面した一軒家の庭先で、小さな男の子が手作りの精霊馬を一つ、また一つと並べている。
 ――懐かしいわね――
 N子は、幼い時分、母親と一緒に精霊馬を作ったことを思い出した。
 母親と自分と、一つずつ、胡瓜と茄子に割り箸を使って動物を作る。
 胡瓜は早馬に、茄子は牛に見立てられる。
「どうして馬と牛にするの?」
 N子が母親に尋ねると、
「早馬はおじいちゃんの魂が早くあの世からやって来るように、牛は少しでもおじいちゃんの帰りが遅くなるようにするためよ」
 と、精霊馬の由来を教えてくれた。
 ――最後に作ったのはいつだったかな――
 田舎の実家から上京して二十数年。慌ただしい都会生活に染まってしまったのか、精霊馬の風習など久しく忘れていた。
 N子の視線の先、男の子は器用に割り箸を二つに折って胡瓜に差し込んでいる。

 熱心に精霊馬を作る男の子に、N子は道端から微笑みかけた。
「僕、上手に作るのね」
「母さんに胡瓜と茄子をもらったんだ。もうすぐ死んだおじいちゃんが帰って来るんだよ」
 不意に声をかけられ、男の子は少し驚いたようにN子の顔を見つめていたが、すぐに人懐こい笑顔を向けて答えた。
「僕、知ってる? そっちの茄子が牛で、手に持っている胡瓜の方が馬になるのよ」
「知ってるよ。僕、馬をいっぱい作るんだ」
「うふふ。でも、馬ばかり作ってもいけないのよ。牛の方も作らなくちゃ」
 男の子の足元には胡瓜の早馬ばかりが並んでいる。
 よほど亡くなった祖父が好きだったに違いない。あの世から祖父の魂が早く戻って来るようにと、早馬ばかりをこしらえているのだろう。
 ――おじいちゃん子なのね――
 N子は、早くに他界した自分の祖父のことを思い起こしながら、男の子に目をやった。
「おじいちゃんが大好きなのね」
「お馬さんがたくさんいれば、おじいちゃん、すぐに来てくれると思うんだ」
「そうね」
 男の子は、また一つ、胡瓜の早馬を横一列に並べて満足げに言った。
「おじいちゃん、競馬が大好きだったからね」

 

                   


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