日曜待つよの掌編小説

掌編小説 30

灯火

 

 残業終わりの夜道、住宅地の家々には温かな明かりが灯っている。
 おいしそうな夕食の匂いに一家団欒。独り暮らしの寂しさを噛み締め家路を急ぐ。
 我が家の前まで来て呆然と立ちすくんだ。額から冷や汗が浮かぶ。

 

 リビングの窓から明かりが漏れ、誰とも知れぬ笑い声が聞こえてきた。

 

正夢

 

 夢の中で、見たこともない黒ずくめの女が家の前の小道でうずくまり、もぞもぞと何かやっている。
「何してる」
 声をかけると、女はいつの間にか消えていた。女がいた電信柱の下に白菊の花束が供えられている。
「縁起でもない」
 白菊を捨てようとしたところで目が覚めた。

 

 嫌な夢を見た、と寝覚めが悪いまま出勤する。軒先の小道に出た時だった。
「あっ」
 目の前に猛スピードのトラックが……。

 

入浴

 

 深夜、仕事から帰宅すると、浴室に明かりが点いている。妻が入浴しているらしい。寝汗をかくと、よくシャワーを浴びている。
 遅い夕食を済ませ、風呂に入る。体を洗っていると、排水溝に大量の長髪が詰まっている。
「仕方ない奴だ」
 妻の愚痴を呟きながら髪を捨てた。

 

「あ」
 風呂から上がって気が付いた。
 妻はショートヘアである。

 

帰郷

 

 五月の連休を利用し、一年ぶりに実家に帰った。
 今年で九十を過ぎた祖母は僕の姿を見ると、
「良かった、良かった」
 と、顔を綻ばせた。
 初孫だったからだろう。祖母からは格別に可愛がられた。
 上京して、独り暮らしで働き始め、祖母はさぞかし僕のことを心配していたに違いない。
「良かった、良かった」
 と、何度も呟いていた。

 

 東京に戻って翌日のこと。
 母から祖母の訃報を受けた。実家を発ってすぐ体調を崩し急逝したらしい。
 祖母の笑顔が蘇ってくる。祖母は死期が近いことを知っていたのかもしれない。
 祖母が繰り返していた「良かった」は、僕の身を案じると同時に、死を前にひと目孫の顔が見られたことを言っていたのだろう。

 

交通事故

 

 出先からの帰り道、交通事故を目撃した。現場は都内の交差点。昼夜を問わず交通量が多く、しばしば大きな事故が起きていた。
 横断歩道で信号待ちしていると、サラリーマン風体の男が一人、ツ、ツ、ツとよろめくように交差点の中に引き込まれていった。
「危ない」
 誰かが叫んだ時には、男の姿は大型トラックの下に消えていた。
 すぐに警察と消防が駆けつけて来たが、男は即死だったらしい。
 騒然とした交差点から救急車が走り去ると、数名の警察官が交通事故の目撃証言を聞き回り始めた。
 事故を目にした人々は、一様に、男がフラフラと交差点に近づいていったと述べている。
 事故の直前、交差点の中で霧のようなものが男を手招きしていたが、自分の他に見えたものはいないらしい。

 

                   


inserted by FC2 system