日曜待つよの掌編小説

缶コーヒー

缶コーヒー

 

 仕事の合間の一服にA氏は休憩所の自動販売機で缶コーヒーを買った。
 缶コーヒーのパッケージには今を時めく人気アイドルグループのメンバーがプリントされている。
「今日はついてるな」
 パッケージのデザインはグループの中でもA氏が贔屓にしているメンバー。
 まさしく清純な乙女を思わせるメンバーが可愛らしくウィンクしている。
「いい大人がアイドルなんて」
 と、小馬鹿にする同僚もいるけれど、
 ――アイドルが好きで何が悪い――
 A氏は様々なメディアで活躍するアイドルグループに夢中である。
 お気に入りの缶コーヒーを手にしたA氏は上機嫌でプルタブを引き開けた。
「午後も頑張るぞ」
 ゴクリ。
 缶コーヒーをひと口飲んで、
 ――おや――
 と、小首を傾けた。
「ひどく苦いな」

 A氏は思わず缶コーヒーを見直した。毎日買っているものと違いない。
 缶コーヒーはパッケージのアイドルメンバーのイメージに沿うよう甘口に作られているはずなのに……。
 ――作り間違えたのか――
 まるでエスプレッソを飲んだかのよう。口中に苦みが広がっている。
「せっかくのタイアップが台無しだ」
 A氏は顔をしかめた。
 まだ半分以上中身の残っている缶コーヒーを捨てようとした時、休憩所の共同テレビが目についた。
「えっ」
 テレビのワイドショーはアイドルグループのスキャンダルを大々的に報じている。
 ――そうか。どおりで……
 報道陣に詰め寄られ、カメラのフラッシュを浴びているのはA氏が憧れるアイドルメンバー。
 むせび泣きしながら不倫の醜聞をファンに謝罪している。
 彼女の缶コーヒーは、もうすべて苦いものに変わってしまったに違いない。

 

                   


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