日曜待つよの掌編小説

レッドリスト

レッドリスト

 

 国際保護機関に勤務するS氏の仕事内容はレッドリストの作成、編集。三年前から従事している。
 レッドリストとは国際自然保護連合が取りまとめた絶滅が心配される野生動物の一覧である。
 地球上では毎年、少なからず新種の動植物が発見されている一方で、絶滅あるいは絶滅の危機に瀕する動植物も増加している。
 人間の生活圏の拡大、科学技術の進歩による環境汚染、温暖化現象に代表される環境変化など様々な要因からレッドリストに掲載される野生動物はその数を増している。
 S氏の編集作業も、こうした背景の影響を受けているのだろう。例年、絶滅危惧、危機種の項目編集により多くの時間を割いている。
 寄せられる資料を編纂していると、
 ――そのうちに地球上から動物がいなくなるんじゃないか――
 と、時折、空恐ろしくなることがある。
 昨日届けられた新たな野生動物の資料を前に、ホウと一つ溜め息をついたS氏は執務室の大型テレビのスイッチを押した。
 画面に映し出されたニュースキャスターは淡々と世界情勢を伝えている。
 ニュース番組に出演している識者によれば開発途上国の経済成長率は、ここ数年、いずれの国も上昇しているらしい。しかしその反面、途上国による大気汚染、温暖化ガスの排出量増など環境問題の深刻化をも促しているようだ。
 別の報道では、宗教対立に端を発した世界的大国同士のにらみ合い問題が、両国大使の会談も不調に終わり、いよいよ大戦の緊張が強まり始めたことが告げられている。
 つい先日のニュースでも、希少な野生動物が人間によって持ち込まれた外来種動物の大繁殖が原因で生息地を追われていると報じられていた。
 ――嫌なニュースばかりだ――
 憂鬱な話題に胸を痛める。今回編集するレッドリストにも、また新たな野生動物の項目が増えることだろう。
 S氏は、しかめ面で机の書類を目通しする。持ち込まれた野生動物の資料には海洋生物の名前が多数記載されていた。近年、海水の温度上昇や過度な漁猟によって海洋生物の生態が乱されている。

 S氏が懇意にしている生物学者も陸上生物の生息環境を危ぶんでいるのと同様に、海洋生物のそれも憂慮していた。
 例えば貴重な海洋生物として知られるジュゴンは、狩猟や保護政策の不十分から一部海洋ではすでに絶滅したとされている。
 ジュゴンのような案件を取りまとめるたび、
 ――いつだって人間が原因なんだ――
 と、業が湧いてくる。
「やれやれ」
 独りごちながら、書類作成のためパソコンを立ち上げたときである。S氏の部下が一人、息を切らせて執務室に駆け込んできた。
「失礼いたします」
「そんなに慌てて一体どうした?」
「リストの項目に追加分がありましたので」
「うん?」
「つい先ほど追加が決定したものです」
 S氏は部下から茶封筒を受け取った。すぐに中身を改める。封筒の中にはレッドリスト新規追加の資料一切が入っていた。
 ――えっ――
 書類を読むS氏の口から声が漏れた。追加項目の動物欄にはホモ・サピエンス・サピエンスの学名が記されていた。
「何かの間違いだろう?」

「いいえ。間違いありません」
 部下がテレビを指差した。
 ニュース番組のキャスターが険しい顔つきで飛び込みの原稿を読み上げている。
「和平会談が失敗に終わった○国は宣戦を表明、同時に世界中に核弾頭ミサイルを発射した模様で……」

 

                   


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