日曜待つよの掌編小説

記者会見

記者会見

 

 バシャ。バシャ。
 記者会見場にN警視正らが現れると、カメラマンたちは一斉にフラッシュを焚き始めた。
 会見場のテーブルを挟み記者たちと向かい合ったN警視正は、口をへの字に結んで俯いている。
 警視正ら警察代表者がテーブルの前に並び立つと、傍らに控えていた会見進行係が小さく咳払いした。
「これよりS市監禁事件につきましての警察会見を行います」
 警視正らが一礼すると、会見場にはカメラのシャッター音が鳴り渡る。
「S市監禁事件におき、事件解決が遅れましたこと、また市民の皆様に大きな不安を与えましたこと、誠に申し訳ありませんでした」
 フラッシュが浴びせられる中、N警視正は深く頭を下げたまま謝罪を述べた。
 東京近郊のS市内で少女監禁事件が起きたのは記者会見から遡ることおよそ半年前。
 監禁事件の容疑者として逮捕された男は、自宅マンション近隣の高等学校に通う女子生徒を誘拐、半年にも渡り自宅に監禁していたのである。
 N警視正らが席に着くと、会見進行係は記者たちに質問を募った。報道各社は我先にと手を挙げる。
「○○新聞です。容疑者の犯行動機はどのようなものだったのですか?」
「犯行動機は現在も取り調べ中です。詳しいことがわかり次第お伝えいたします」
 記者からの質問に、N警視正は手元の質疑資料を目で追いながら回答した。
「××報道社です。保護された女子生徒の容態は?」
「女子生徒に暴行等による外傷はありません。しかし心身に疲労が見られたため、現在は市内の病院に入院中です」

 N警視正が答え終わるや否や、矢継ぎ早に次の質問が飛んで来る。
「週刊△△です。女子生徒の保護経緯をお答えください」
「被害者保護までの経緯につきましては……」
 と、N警視正は言葉を切り、テーブルに用意された別の質疑資料を手に取った。
「容疑者の部屋より逃げ出して来た女子生徒を、犬の散歩を終えた同じマンションフロアに住む女性が発見、保護したのちに警察への通報がありました」
 女子生徒は容疑者の留守を見計らい必死の脱出を試みたらしい。
 犬の散歩から戻って来た女性が助けを求める半裸の女子生徒を発見し、少女は容疑者から解放されたのだった。
「ABCワイドショーになります。監禁中の女子生徒の様子は?」
「詳細は取り調べ中になりますが、女子生徒は半裸に愛玩動物用の首輪を着けられ、室内キッチンにて監禁されていたと考えられます」
 保護された女子生徒の首筋には首輪跡と思しき擦り傷が確認された。また両脚のひざ頭に痣が見受けられ、恐らくは犬猫のように四つん這いの状態で監禁されていたらしい。
「ほかにご質問はありませんか?」
 進行係の一言に、記者席の後ろから手が挙がる。
「□□ニュースです。逮捕された容疑者は誘拐発生直後に刑事捜査を受けていたようですが、早期逮捕できなかったのでしょうか?」
「それは……。その……」
 記者の質問に、N警視正はきくりと体を強張らせた。
「お答え願います」

「あの……」
 もごもごと口ごもるN警視正の額には脂汗が浮かんでいる。
「私ども□□ニュース特報部の取材によれば、捜査を担当していた刑事は監禁中の女子生徒を目撃していた可能性があったようですが」
 N警視正は首を垂れ黙りこくっている。
 正しく警察捜査の落ち度を指摘され、ぐうの音も出なかった。
 誘拐発生後に行われた捜査の中で、刑事たちは事件現場のマンションを訪れた上に、監禁中の女子生徒を発見していたにもかかわらず、容疑者逮捕を見逃してしまった。
 その結果、監禁事件の解決は大きく遅れることになったのである。
「捜査に当たっていた刑事の応対につきましては、予想外の不手際がありまして……」
 N警視正は、ハンカチで額の汗を拭いながら、たどたどしく言葉をつないだ。
「容疑者はペット共生のマンションに住んでいたもので……」
「ほう?」
「刑事は被害者もペットなのかとばかり……」

 

                   


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