日曜待つよの掌編小説

雪国美人

雪国美人

 

 こんばんは。いらっしゃい。さあ、どうぞ、どうぞ。こちらの席に。カウンター席が空いていますから。
 今夜は一段と冷えますねえ。お客さん、ご注文は? ウィスキー? もちろん、ありますとも。でも、どうです? 店一番のおすすめは地酒なんですよ。
 ええ、そうです。そうです。この町は酒蔵が有名だからね。騙されたと思って、一杯飲んでご覧なさいよ。
 東北の酒は絶品ですから。米がいい。水がいい。それに女だって……ねえ。
 うふふ。冗談が過ぎたかな。そうですか。ありがとうございます。それじゃあ、すぐに地酒を用意しますから。
 お客さん、どちらから来られたの? ここらの人じゃないでしょう。ああ、やっぱり。
 身なりが垢抜けてるもの。お洒落だよ。それで、どちらから? 東京の……。赤坂から。へえー。うんと都会なんでしょう。ずいぶん遠くから来たんだねえ。
 お仕事? それとも旅行で? ああ、お仕事の方でね。そりゃあ大変だ。お勤めご苦労様です。さあ、この店自慢の地酒をどうぞ。体の芯から温まりますよ。
 いいねえ。気持ちのいい飲みっぷりだ。どうです? ええ、ええ。そうでしょうとも。のど越しが違うもの。辛口だけど飲みやすいでしょう。
 私も? 悪いなあ。そうしたら一杯だけ。ああ、ありがとうございます。うん、美味い。冷酒もいいけどね、やっぱり熱燗だなあ。
 お客さん、肴の方はどうします? お任せでいいかな。うん、そう。今日はね、煮付けと刺身が美味しいところだね。ええ、はい。すぐにお作りしますから。
 どうですか? 東京と比べて、こっちの町並みは? 田舎町は退屈じゃありませんか。
 うふふ。そうですか。東京の人だから、かえって雪ばかりが珍しいんですよ。ええ。わかりますとも。
 私もね。うんと昔に関東に住んでいたんですから。いや、いや。そんな都会じゃありませんよ。郊外の小さな町だったからね。それだから、ほら、あんまり訛りもないでしょう。
 しがないサラリーマン勤めに嫌気がさして、こっちの方に移り住んだんです。越して来たばかりの頃は退屈なところだなって思っていたんですがね。
 お店を出して、妻と知り合って、長く住んでいる間にすっかり愛着が湧きましたよ。

 ええ、そうなんです。妻はこっちの人でね。雪国の女だからかなあ。肌なんかまっ白で、透き通ってるみたいでしたよ。東北の人は日照時間だかの関係で色白が多いって聞いたけれど、本当なんですかねえ。
 ええ? 器量の方? どうかなあ。でも、私が言うのもなんですが、まあ、器量よしの方でしたかねえ。
 はい。結婚して十五年くらいだったかな。病弱な体じゃなかったはずなんですがね。
 ある朝、「頭が痛いの」なんて言い出したと思ったら、あっという間に入院することになっちゃって。もうその夜のうちに息を引き取りましたよ。
 なにもかもが突然だったから呆然としちゃって、涙なんか出ませんでしたね。いや、お客さんの前で申し訳ない。つまらない話になりました……。
 さあ、煮付けができましたよ。カスベをどうぞ。熱燗とよく合いますから。
 ね? 味がしみ込んでいるでしょう。うちの常連は、みんなこれを注文するんですよ。
 おいしいですか。ありがとうございます。これね。カスベはエイのヒレなんですよ。
 え? 料理と酒が上等なら移り住みたい?
 うふふ。田舎暮らしも悪いもんじゃありませんよ。お客さん、いっそこっちにいらしたらどうです。見たところ、ご結婚は……。
 これは余計なお世話でしたね。でも北国は美人が多いから。ここだって、ほら。そっと周りをご覧になって。
 あの奥のご婦人なんて、お客さんにお似合いですよ。ほう、ほう。もっと色白の雪国美人がお好みですか。うふふ。お客さん、なかなかどうして女性の理想が難しそうだね。
 えっ、本当ですか? カウンターの右端のご婦人が好みのタイプ? 顔形がよくて、淑やかな雰囲気も素敵。それに……。まるで薄らと透き通ったような白い肌がたまらない。
 うふふ。お客さんも困った人だなあ。よく目を凝らしてくださいよ。あれは本当に透き通っているんですから。
 やっぱり寂しいんでしょうね。他界してからこっち、ときおり妻がやって来るんですよ。

 

                   


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