日曜待つよの掌編小説

生保審査

生保審査

 

 R保険会社の受付カウンター。
 ヤマダ氏は生命保険の申込書類を前に、生保担当社員から書類審査を受けていた。
 これまで契約していた他社の生命保険を解約し、R保険会社の生命保険と新たに契約するためである。
 R保険会社の新商品の方が、より低額な保険料で充実した保険サービスを受けることができる。
 ――俺だってもう若くない。もしもの大病にも備えておかないとな――
 と、ヤマダ氏は国内外の様々な保険会社から、最も医療保険サービスが手厚いR保険会社の生保を選んだ。
「ヤマダ様の健康診断のご結果を……」
 髪の毛をキチッと七三に分けた生真面目そうな担当社員は、ヤマダ氏の持参した健康診断書類に目を通し始めた。
「煙草はお吸いになられない。アルコールも同じですね」
「はい」
「過去に大きな疾病を患われたことはありますか?」
「これといって、特にありません」
「血圧も、血糖値も問題ありませんね」
「健康だけが取り柄でしたから」
「それは結構」
 担当社員は乾いた口調で健康診断の結果を生保審査用紙に書き写している。

「ご家族や、ご親戚の中で癌や糖尿病、または脳梗塞などの診断を受けた方はいらっしゃいますか?」
「父が糖尿の診断を受けています」
「ほう」
「父の病気も審査に影響が?」
「体質の遺伝などもありますから」
 R保険会社の生命保険は、他社のそれに比べて優良なサービスが用意されている半面、生保加入の審査も相応に厳しいものだった。
 加入以前に、本人が一度でも三大疾病を患っている場合、生保審査はパスできない。
 同様に、血縁者の中に多数の重病者がいる場合も審査の合格が難しくなる。
「父以外は誰も大きな病気はありません」
 ヤマダ氏は、少し早口で、審査書類にペンを走らせる担当社員に付け加えた。
「わかりました。次に……」
 と、担当社員は言葉を切って、ヤマダ氏に審査書類とペンを差し出した。
「こちらは生活環境に関するアンケート調査になります。質問には『はい』か『いいえ』のどちらかに丸印をご記入ください」
「はい」
 ヤマダ氏はペンを片手にアンケート用紙に目を落とした。
 ――私生活まで審査があるのか――

 小さな驚きを感じながら、一つ、二つと回答欄に丸印を描いていく。
 アンケート調査が半分まで終わったところで、担当社員から質問が飛んできた。
「ヤマダ様は、ご結婚されてどのくらいになりますか?」
「はあ。十五、六年です」
「ご夫婦仲は円満でしょうか?」
「妻は、ここ最近、更年期というやつですかね。機嫌が悪かったり、小言が増えたりしています」
「率直にお答えください。奥様は良妻だと思われますか?」
「ちょっと待ってください」
 いくらなんでもあんまり失礼な質問じゃありませんか。ヤマダ氏は口から洩れそうになった言葉を飲み込んだ。
 ――なんだって他人様に女房の善し悪しを告げなきゃいけないんだ――
 ヤマダ氏は丸印を付ける手を止めて担当社員に尋ね返した。
「その、妻の評価と生保審査に関係があるんですか?」
「ストレスでしょうなあ」
「……?」
 担当社員は苦笑いを隠すようにしてアンケート用紙の質問を指差した。
 質問文には、夫婦仲が充足しているか否かが記載されている。

「我々の調査によれば、悪妻、恐妻家のご家庭ほど旦那様の病死亡率がグーンと跳ね上がるものですから」
 ヤマダ氏の脳裏に妻の顔が浮かんでくる。
 そして、ゆっくりと丸印を描き始めた。

 

                   


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